オホーツク鮭釣り特急情報

北海道の紋別市近辺や遠征での釣り情報をメインに徒然なることを書いてます。釣り歴60年!!

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私の釣り歴・・62年を振り返って!/ 今日の紋別港釣り情報



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おはようございます、モンユウです。

 

今日の天気は曇り・・気温はそれ程低くありません。

 

天気予報で年末寒波が28、29、30日あたりにやってくると言う事でした。

雪も降るのかな~!!

 

『いらん!!』

 

 

 

今日の紋別港釣り情報

紋別港偵察に行ってきました。

流石に釣人は少ないですね・・・当たり前か!!

 

紋別港第2埠頭に釣人が10人位でしょうか!!

釣れている様子は無かったですね!

 

釣れていないのでほとんどの釣人が車の中にいます。

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第2埠頭縦埠頭

釣れていないのでリラックスムードのようです。

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紋別港内奥では運搬用の車を計量するための施設ができ上がってきましたね。

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今日は私の釣り歴についてちょっと!!

 

私は現在68歳 

 

私が釣を始めたのは小学1年生・・・と言っても62年前の事です。

 

祖父の影響と言うより、偶然紋別の防波堤にカレイ釣りに連れて行ってもらったのがきっかけです。

 

 

当然今のようなタックルではありません、どのような物かと言いますと

 

竿は3本繋ぎの竹竿・・・それも竹の節がハッキリと分かるような安物の竿でした、しかしそれでも釣竿が普及していない時でしたからそれでも十分でした。

 

リールはと言いますと当然今のようなリールではありません、たいこリールと言って丸い形でプラスチックでできたものでした。釣る時にはそのリールを90度回転して使います。

 

ラインはナイロンなんですが今と違って太い物を使用していました、多分6~8号だったと思います。

こんなに太いラインですから当然遠投はできません。

それでもタックルには関係なく釣れたんです。それも真ガレイが・・・いくらでも思いのまま釣れた事を記憶しています。

 

この時はたまたま旭川に住んでいた祖父が紋別に遊びに来たついでに釣をした訳でそれ以降は・・・

 

私の釣り人生が開始したのです。

当初、私にとっては釣道具を買うチャンスも無く余裕も無かったので、自分で工夫して釣を楽しみました。

 

先ず、竿は竹を1本購入してそれにガイドをとりつけただけのものでした。

リールは、最初購入するまではラインだけで重り部分を振りまわして遠心力で遠くに投げると言った方法で釣をしたものです。

 

小学生でしたから釣に行くには自転車なんですが、釣場まで行くのにこの長い(3m)を手に持って片手運転・・・

片手でハンドルとブレーキ操作・・・坂道でブレーキをかけたのはいいのですがたまたまブレーキをかけたのが前輪で…・・・・なんと前の車輪がブロックされたので坂道をつんのめって1回転転倒です。こんな事も思い出としてありましたよ!!

 

ほぼ釣りシーズンには毎週日曜日には釣に行っていましたね。

今と違って土曜日は休みではありませんでしたから・・。

 

それが中学校になって色々道具もそろえる事が出来るようになり行動半径も広くなり釣場も開拓しました。日曜日には友達と朝の2~3時に待ち合わせをして自転車で集団釣行脚をしたりしました。

 

私にとって中学校の中間テスト期末テストは非常に嬉しかったです、なぜかと言いますとテストが終わると思いっきり釣りを楽しめるからで、特にテスト最終日は早くに終了するので、家に帰ると直ぐに釣り・・・と言う生活でした。

 

 

高校に入ると・・・

 

やはり釣人生は継続して学校の先生にも一目置かれる存在となっていたようで、いろいろ釣についての用事を頼まれました。

学校の先生との会話は釣に関してのものが80% 勉強は15%・・・。

それでも勉強はしましたよ!!

 

 

 

以降につきましては・・・・次回に!!

 

 

            以上でした。